松下幸之助花の万博記念賞

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なぜ、熱帯雨林をしらべるのか −熱帯雨林のたいせつさと研究の未来−
中静 透氏(総合地球環境学研究所 教授)

- 授賞理由 -

13年間にわたり、東マレーシアの世界で最も豊かな熱帯雨林の研究に取り組み、生物多様性、共生系並びに熱帯雨林の成立の仕組みに関して、大量の貴重な業績を上げてきた。地上数十メートルの林冠部での困難をきわめた様々な生物の標本資料の採集、数十万本の樹木の継続測定、大気環境の長期測定などによる熱帯雨林の生物多様性、動態、地球環境変動に果たす役割の解明への貢献は、極めて高く評価される。

講演要旨

テーマの設定の理由は若い人から、なぜ熱帯雨林をしらべるのかと聞かれて、答えられないかもしれないと思ったことがきっかけであるが、考えてみたら答えは非常に簡単だった。
一つは「面白い」から。もう一つのちゃんとした理由は「大切」だから。
サラワクの熱帯雨林でやっていることは「面白い」ことだということと、それがどういうふうに皆様の役に立つか(「大切か」)を話したい。
狙いは特に若い人達にもっと熱帯雨林を研究したいと思ってほしい、それをもっとサポー トしてほしいこと。
研究場所のランビル国立公園の位置は北緯3度で一年中温暖、明瞭な雨季がない。
年中乾燥しない。サラワクやマレーシア半島部は年中常緑。植物の生育が早い。
生物多様性が高い。東南アジアの熱帯が世界で最も種の多様性が高い。
最近注目している現象のひとつエルニーニョ(何年かに一度の異常気象)の影響がある。
どんなことをしているか。52ha のプロット。山倉先生たちがたいへんな努力で設定。
3回目の<樹木調査>。直径1cm以上の全ての木を調べる。
現地人30人位が毎日朝から晩まで8,9ヶ月かけて調べる。プロット当たり30万本、 1200種類、日本の全樹木の種類と同等以上。この中に新種が30種類以上見つかる。
そのような種類の同定をどうするかを研究する基礎的調査である。
ショウガの仲間が30〜40種ある。画像の4種類は全て新種。タミジアは新属。
このような発見が熱帯雨林の研究の特徴。
ライトトラップで採取した何十万匹の昆虫の30%ほどが新種と言われる。
哺乳類のセンサス、開花季節、花や種の生産量、気象条件を長期に調べ続けて行かないと 熱帯雨林の真の姿に迫れない。
植物と動物の関係でも温帯では見られない面白い関係がある。
オオバギ属と蟻の共生。植物が蟻にエサと住家を提供し、蟻がオオバギの葉を食べる芋虫 をやっつける。特定の種のオオバギゾクには決まった種の蟻のみが付く。
女王蟻がその植物に付くと一度も外へ出ずに一生を終える。
蟻と共生しないオオバギゾクは、まずい味の葉を作ったりする。
DNA鑑定により、オオバギゾクの進化系と蟻のそれが似ていて一緒に進化したことがわかる。
1992年から林冠をしてきた。林冠は葉を中心とした動物を含む最初の生物生産の場。
光合成、水の排出、大気や雨の発生などの循環の場。熱帯で生物多様性の高い場所は林冠と土壌。双方の種類はほぼ同数だが、林冠では生きたものを食べるが土壌は腐ったも のを分解する動物が多い。最近まで数十メートル上がって調査することはむずかしかった。
チームは様々な仕組みを作って調査を行った。地上40メートル。60メートルタワー。
2000年3月に林間クレーンを製作。高さ80メートルで世界一。
アームは75m。ゴンドラに乗って回って調べる。
ホーンビル(大鷲)の視界に近い。オランウータンのように行動する。
その他、つり橋、宿舎、実験室も整備した。インターネット、電話、ファクスもある。
女子学生も多数参加している。
最も研究に力をいれていることは一斉開花。
一斉開花の特徴:数年に一回。それ以外の年には僅かな木にしか花が咲かない。
200〜300種類の樹木が特定の年にだけ開花する。
これは東南アジアだけで見られる現象。数百キロメートルの範囲に渡って同調する。
なぜこのような現象がおこるか、謎が多く、10年ほど研究を続けてきた。
500本ほどの樹木について2週間に一度、花や実がついているか観察をした結果、
1992年から2003年の期間に92年、96年、97年、98年、01年に一斉開花があった。97年の開花は花と実の量が少なかったため気付きにくいほどの 規模であった。96年にたくさん種子をつけすぎたかもしれない。なぜ不規則的に一斉開 花が起こるのかについて、ハーバード大学のピーター・アシュトン氏の仮説によると、何 年かに一度気温が20度以下になることがあり、その後一斉開花が起こる、とされている。
96年と97年は低温になった2,3か月後に開花が起こったが、98年は低温に ならなかったが開花した。93年には低温になったが、開花は少なかった。 必ずしも低温だけが原因ではなさそうだ。
92年は大量に種をつけたので翌年は樹木が疲労したため翌年は低温になっても開花しな かったのかもしれない。
低温になる条件はエルニーニョの影響がある可能性もあるが、ランビルでの過去30年の データによるとエルニーニョ以外の原因もあるようだ。
最近、故井上氏の弟子だった酒井さん(生態学研究センター、助教授)がデータをまとめ 直し、気温に降水量のデータを加えて新たな仮説を発表した。
96年は開花のピークが2回あり、乾燥のピークと重なった。
98年は低温は無かったが、乾燥のピークと合致した。
01年も98年と同様。
酒井助教授の説は最近新たな仮説として注目されている。

樹木は常に種を付けるほうが子孫を残す確率を上げることができるが、なぜこのように 何年かに一度しか開花しないのか。
温帯の例としてはブナが何年かに一度種を付ける。
大量結実が起こると翌年ネズミが10倍から100倍ほど増える。
ネズミが冬に種子を食べ数を増やすからである。90年に種を沢山付けたが、その年はネ ズミは少なかった。
食べきれない種が発芽するとエサにならないからである。時々種を沢山付けるほうがブナ の生き残りには有利という説がある。
同様のことは熱帯にもあるか?
温帯林ではブナ1種に対してネズミは2,3種であるが、熱帯林の構成は複雑で10種の 種子対10種のネズミとか30対30等であるため温帯林の仮説があてはまるか疑問であ る。
フタバガキの種を食べる昆虫を調べた結果、51種類あり、内18種が新種であった。 96年の種類は40%が蛾の幼虫。98年はゾウムシが50%を占めた。
その結果、特定種の虫がフタバガキの種を食べるのではないことが分かった。
98年と01年を比較すると種の生産が少ない98年に多く食べられた。樹木が全体とし てたくさん種子をつけることで食べられずに生き残る割合が増える。
全体として種食い組合から逃れるようにしている。
もう一つの有力な説としては、花が多く咲くと花粉を運ぶ昆虫が沢山来て結実割合が 高くなるという説。
ランビルの場合、オオミツバチはよく花粉を運ぶが、一斉開花の時だけ巣ができる。
その他のときは来ない。
フタバガキについては一斉開花以外は蛾が花粉を運ぶ。蛾は夜行性で花粉より蜜を利用。
オオミツバチがいる時には夜明けに開花し、蜜の分泌はないが、蛾がいる時には夕方開花 し、蜜を分泌する。
送粉者の違いがどんな問題をもたらすか。
DNAによる樹木の親子判別が可能で、種のDNAを分析して父親が分かる。
その結果、蛾もオオミツバチも700mほど花粉を運ぶことが判明。
大開花の場合、外の集団から飛んでくる割合が多く、近親交配が抑えられる。
このように一斉開花のなぞがしだいに解けてきた。

林冠で葉の光合成を測った結果、光の強さが増せば光合成の速度が上がることが判明。
温帯では光合成する細胞(柵状組織)は多くても3列までであるが、フタバガキの光合成 の最速の葉には柵状組織が5列も見つかった。
<熱帯雨林の面白さのまとめ>
1.珍しい動植物が沢山いる
2.種の多様性が高い
3.温帯と比べ、非常に複雑な仕組みを作っている
4.光合成の極端な値が見られる

<熱帯雨林の大切さ>
熱帯雨林は日々変化している。商業伐採、焼畑サイクルの短縮化、オイルパームの拡大 (ヤシの実石油などの生産拡大、日本人もヤシノミ石鹸として利用)、成長の速い樹木のプ ランテーションなどが影響。
若い林は炭素を吸うが多様性が少ない。
アマゾンの熱帯雨林が草地化すれば地表の気温は2.5度上昇し、年間降水量が800 ミリ減るという推定もある。
東南アジアの熱帯雨林の風向やCO2濃度を観測して分かったことは、 昼は林冠の高い所でCO2濃度は下がる。夜は土壌呼吸のためCO2濃度が上がる。 木を1本ずつ調べ、その太り具合でCO2の吸収状況を知る。
98年には20世紀最大のエルニーニョ現象が起こり、ランビルでは沢山の樹木が枯れた。
枯れ木はCO2を吐く。枯れ木のないときには1ha当たり年間4.8tのCO2をランビルの 林は吸収したが、1〜2年の測定では吸収状況を把握することは難しい。
CO2の継続的な測定のネットワークを拡大中。日本には10数ヶ所あるが、東南アジア では、まだランビルとマレーシアの北部だけでしかデータ収集していないので今後、面的 に広げたい。クレーンやその他の設備が必要で組み合わせて利用したい。

もう一つの大切な点は生物の多様性。
陸地面積の7%に全生物種の半分以上が生息している。
熱帯地域には途上国が多いため研究が遅れ、同定できる人が少なく、標本の保管場所も 少ない。その結果、同定が終わった時には種の絶滅が進んでいる。
毎年、本州の半分ほどの熱帯雨林が消失している。
原生林だけでなく、いろいろな森林タイプで生物の多様性の再評価が必要。
例えば、焼畑で放棄された林、ゴム園、村の鎮守の森等。
蝶は原生林に多いが焼畑では少ない。その他いろいろな動物相で調査を行っている。
生物間の相互関係も変化している。
オオバキとアリについては原生林には100%正しい共生相手のアリが住んでいるが、2 次林には60%が正しく、40%は不適切なアリが住んでいる。そうすると共生関係がく ずれる。それによる変化が深刻な影響を与える場合もあるだろう。
オオミツバチは一斉開花以外の時どうしているのか謎である。
現地の情報によると、9月から1月までは河口の湿地林に巣を作り、2月から8月までは 数100km上流に移動するが、一斉開花の時だけ原生林に来る。
オイルパームが広がる地域では湿地林が減少し、丘陵林にまで影響が広がる恐れがある。 地元社会と共に生物多様性に関する問題について考えたい。
熱帯雨林が生み出すものについて過少評価されている。
1.産物の資源:ゴム、香木、籐など
2.村の文化:生命の木、Identity の役割:儀式の飾りとして10〜20の生物が利用さ れている。
将来どういう森林を作るのか。CO2の吸収だけでなく、地域文化を支える役割の観点か ら苗木や植林の研究が必要。

地球と地域にとっての大切さを考える場合、地域にとっての重要性が基本である。
私達の約10年間の活動の結果、世界的にもこの研究の重要性が認知されるようになった。
熱帯雨林の価値を知るためには長期のベースライン・データ収集が必要である。
研究費が得にくい分野であるが、若い人の参加を期待したい。
「面白さ」が研究のエネルギーになり、かつ「大切さ」を明らかにする大きな力になる。
これを伝えたい。

以上