松下幸之助花の万博記念賞

「自然と人間との共生」という花の万博の基本理念の実現に貢献する、すぐれた学術研究や実践活動を顕彰

受賞者

第29回(2021年)

松下幸之助記念賞

山本 紀夫
山本 紀夫
国立民族学博物館名誉教授
総合研究大学院大学名誉教授

 アンデスや、ヒマラヤ・チベット、エチオピアなどの熱帯高地には、多様で他に類のない植物利用を基盤とした、独自の文化・文明が成立している。山本氏は、世界の熱帯高地を対象に、フィールドワークを軸とした民族植物学的研究を行い、優れた業績をあげてきた。京都大学の学術調査隊などに参加して、トウガラシの起源と栽培化に関する研究を行ったのを皮切りに、積極的に民族学・文化人類学的な手法を取り入れて、文理融合型の研究を推し進め、アンデスにおける調査研究を10年以上継続し、ジャガイモをはじめとするアンデスの栽培植物の研究を進めると共に、文化人類学・考古学にも領域を広げ、数多くの学術論文とともに、アンデスの栽培植物や文化、文明に関する一般書も出版した。
 1990年代以降は、関心を他の熱帯高地に広げ、森林生態学、自然地理学、農学、畜産学などの自然科学と文化人類学、社会学などの人文科学との融合による総合的な調査研究を行い、新たな展開とともに熱帯高地の比較研究による多くの学術的成果を生み出した。このような学術的成果に加え、数多くの一般向けの書籍も出版し、学術的成果の普及に努めた。氏の著作は、植物と人間の関わりの多様さと豊かさを示すことにより、数多くの知的な読者を魅了している。

活動風景
「ネパール・ヒマラヤにおける草地・森林利用の動態に関する民族学的研究」の調査メンバー
(1994年7月)受賞者(右から4人目)が組織した調査隊
コロンビア・アンデスのパラモ帯にて(標高約4000m)(2010年7月)
後方の植物はパラモ帯に特有のキク科のエスペレティア
インカ時代に築かれた石壁の前でインカの古都、クスコにて(1995年8月)
ペルー南部クスコ地方で約10年間にわたり民族学的な調査を実施
ケチュア族の少女と一緒に
百葉箱は気象データ取得のため自作
ブータン西部に位置するチョモラーリ峰(7314m)のベース・キャンプにて(2004年10月)
京都大学の調査チーム「環ヒマラヤ広域圏における社会と生態資源変容」に参加

松下幸之助記念奨励賞

海老原 淳
海老原 淳
国立科学博物館植物研究部
陸上植物研究グループ研究主幹

 海老原 淳氏は、分類が困難であったハイホラゴケ類を初めとするコケシノブ科シダ植物について、倍数性解析とDNA解析を組み合わせた研究手法をいち早く実践し、交雑と倍数化を繰り返して種複合体を形成する複雑な網状進化を解明した。この研究は、日本国内におけるシダ植物の網状進化の解明を加速させることにもつながった。
 また、氏は国内産のほぼ全てのシダ植物種を対象として、そのrbcL遺伝子の塩基配列を決定・DNAデータベースに登録し、この配列情報をDNAバーコードとしてシダ植物の種同定を可能とした。そして、これまで形態にもとづく種同定が困難であった野生配偶体(前葉体)にDNA種同定を適用し、国内では知られていなかった配偶体世代のみで長期間生育し続けている「独立配偶体」を複数見出した。その中には、胞子体では絶滅危惧種として扱われる種も含まれていた。
 さらに、シダ愛好家組織である「日本シダの会」の非職業研究家と協働して、シダ植物の国内の種多様性や地理的分布などの情報を網羅した『日本産シダ植物標準図鑑』を出版した。このように、一般 普及への貢献も大きい。氏は、今後より一層の活躍が期待される気鋭の若手研究者である。

活動風景
『日本産シダ植物標準図鑑』発刊記念会(2017年5月)
2017年3月、全国の日本シダの会会員の協力を得て、5年間にわたって準備を進めてきた新しい図鑑が刊行
高知県でのシダ植物調査(2019年7月)
2009年に刊行された『高知県植物誌』ではシダ植物の部分を分担執筆
国立科学博物館でシダ標本を検討(2014年9月)
40万点に達する同館所蔵のシダ植物の標本を順次検討・同定を実施
アジアシダシンポジウムにおける同定ワークショップ(2014年8月)
インドネシア、バリ植物園で開催されたシンポジウムで、コケシノブ科シダ植物の同定のポイントを解説。

松下正治記念賞

多田 多恵子
多田 多恵子
理学博士/植物生態学者

 植物の知識に関する啓蒙活動にあたる人物は、日本の場合幸いにして少なくない。しかし最近、一般受けを狙うあまり話を誇張する傾向が多く、科学的正確さにおいて難を覚える事例も散見される。またいわゆる生態や分類に関する解説の中には、一世代古い知識に基づく解説を依然として続けるケースもあり、これもまた正確な知識の普及には問題となっている。
 多田氏は植物生態学の博士号を取得後、これまで積極的に、植物の生態の魅力に関する一般への普及活動に注力してきた。その活躍の舞台は広く、NHKラジオ子ども科学電話相談室、各種図鑑等出版物の解説、また種苗会社月刊誌での連載などにも及ぶ。また立教大学、早稲田大学等において非常勤講師もつとめ、後進の指導にもあたっている。それだけに氏の解説は最新の知見に基づく正確なものであり、また抑制の効いた説明で一貫している点、科学的な植物の知識の普及に大変ふさわしいものである。その正確かつ活発な普及活動を通して、日本に植物好きの裾野を広げたその功績は多大なものがある。

活動風景
受賞者も理事を務める「日本植物友の会」の月例会
この日のテーマは「枝の戦略」で、会場に樹木の枝と葉を持参して参加者も五感を使って実物を観察。日頃の観察会や大学の授業でも実物の観察を奨励、指導。
岐阜県の小さな湿地で食虫植物を撮影中
「フィールドでの調査や写真撮影は至福の時間で、自然の美しさに感動します。」野外で集めた写真とデータは、著書や授業等に活用。
ラジオ番組に出演中
(季節の植物を放送スタジオに持参)。
ラジオの子ども科学電話相談で植物に関する子どもの質問に回答するなど、ラジオやテレビの番組を通じて啓蒙。
大学の野外実習
立教大学や国際基督教大学で長年、他分野のエキスパートとともに野外実習を指導。
野外実習でも大学の通常の講義においても仲間や学生との交流から学ぶことはとても多い。
「ようこそ!葉っぱ科学館」(少年写真新聞社)の1ページ。巨大なアキタブキの下の小人は受賞者。
平易な文章ときれいな写真で大人も子どももやさしく読めて、植物の知識と科学的な考え方、それに自然の美しさとフィールドの楽しさが生き生きと伝わるような本づくりをめざす。